新約聖書の中にあるたくさんの手紙を書いたパウロは、
弟子のテモテに次の言葉を送りました。
「キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、
わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。」
(2テモテ1:13)
 私たちの周りにはいろいろな価値観があり、
どうしてもそれに振り回されがちです。
しかも、昨日までは常識と思われていたことが一晩にして
非常識となってしまうことがあり、とても不安定です。
パウロは弟子を教育にするにあたり、とかく陥りやすい
そのような不安定なものを頼りとするのではなく、
「わたしから聞いた健全な言葉」、
これに倣いなさいと言ったのです。
 これは何も自分を完全な者として誇るように
「健全」と言っているのではありません。
わたしの語ることはイエス様によって与えられたのだから、
確かにわたしが教えるけれども、
それはイエス様を手本とすることなのだという思いを込めて
語っているのです。実際、テモテはその手本に従って
神様に喜ばれる人生を送りました。
それは私たちが目指していく歩み方でもあります。

思い悩むな

イエス・キリストはある時、「空の鳥をよく見なさい。」、
「野の花がどのようにどのように育つのか、
注意して見なさい。」(マタイ福音書6:26、28)
と言われました。その時に伝えたかったことが、
「思い悩むな」だったのです。
 「思い悩むな」と言われますと、ますます思い悩んで
しまうのが私たちです。なぜなら、私たちの内には本当に
しっかりしたものがありませんので、何を食べようか、
何を着ようかということで不安になります。そしてそこから
結論付けられることは、だいたい否定的な後ろ向きなものです。
それが私たちの内に溜まっている思いです。
 そのような私たちに、イエス様は「まず神の国と神の義を
求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて
与えられる。」(6:33)とおっしゃいました。
私たちの持っている力を頼ろうとすれば思い悩むものしか
出てきませんが、イエス様に頼り、イエス様の力によるところに
思い悩みを倒せる秘訣があるのです。
 ですから、イエス様は「あなたがたの天の父は、求める者に
良い物をくださるにちがいない。」(7:11)と言われ、
神に頼る者には本当に必要なものを与えてくださると保証して
くださっています。こうして私たちは、自らの揺れる思い
ではなく、神の思いで願い、求める道が開かれていくのです。

感謝の祈り

今年は四年に一度のサッカーワールドカップが開かれました。
こうした大きな大会を目指している選手たちは、
日ごろ猛練習を重ねています。
しかし、一方でただ自分を鍛えるだけでなく、
自分以外のものに頼りたいと願いたくなるものです。
「神様、ぜひお願いします。」と必死に祈ります。
 普通、祈りと言うものは、このように自分の願いが
かなえられますようにと願うことであると思われがちです。
しかし、こうしてくださいと願い、聞かれたら信じます、
駄目でしたら信じませんというのが聖書の教えている祈りでは
ありません。そうではなく、たとえ願ったとおりになっても
ならなくても、神様が私に最も相応しいことをしてくださることを
確信して祈るものなのです。
 ですから、神様こうしてくださいと請求書のような訴えではなく、
神様、常に最善をもたらしてくださると感謝しますと、
恵みを受けている領収書のような祈り、
ここに聖書の教える祈りの独特なところがあるのです。
こうして神様が最善をもって答えてくださることを確信して
感謝のうちに祈っていく道が開かれていくのです。

心からの祈り

真夏の暑い毎日が続いています。このような季節には
分かりませんが、正反対の真冬になりますと、吐く息が
白く見えます。このように息を目で見ることが出来る、
出来ないは別としても、私たちはちゃんと息を吐き、
吸って生きています。たとえ普段はいちいち意識しなくても、
病気で苦しんだ時や、激しい運動の後などには
意識することでしょう。
 ですから、意識せずに息が出来ると言うことは、
なんと幸いなことでしょうか。実は聖書の教える祈りは、
特別何かをお願いする時のためにだけあるのではありません。
私たちが普段の生活の中で神様から力をいただき、
神様と交わる呼吸のようなものです。
 確かに私たちの持っている願望を訴えることは、
祈りに欠かせないことです。けれども、私たちの心にある
いらだちや不満をぶつけ、心をさらけ出す、こうして神様との
深い交わりが出来るのです。
 なぜなら、私たちの思いを祈りとしてささげる時、
そのすべてを主イエス・キリストが受けとめ、
きよめてくださるからです。何の遠慮もなく自分の思いを
打ち明けることが出来るからこそ、祈りは私たちの呼吸のように、
生活の中でさりげなく、喜んでささげることを
神様はねがっておられるのです。

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