受験シーズンもピークを迎えようとしています。
なんでこんな嫌なことがあるのかと嘆く人がいるかと思えば、
いや、これがあるからこそ頑張れると張り切る人もいます。
同じ一つの物事であっても、捕らえ方は随分違うようです。
 たとえ、嫌だなあ、しんどいなと感じることであっても、
はっきりとした目的があれば、
それに向かっていくことが出来ます。
神様は私たち一人一人を違った顔、
異なった性格の持ち主に造られました。
ということは、一人一人が目指し、
到達するところもまた違うと言うことです。
 ところが、私たちにはなかなかその目指しているところが
わかりません。
でも、それを神様は色々な形で私たちに教えてくださいます。
なにも超自然的な不思議な方法ではなく、
例えば試験の結果によってです。
ますますこの道を進みなさい、
あるいは別の道を考えたらどうか、
ということを示してくださいます。
 必ずしも私たちの希望するものが最高のものであるとは
限りません。
神様は一つ一つの出来事を通して私たちに最も相応しい御心を教え、
そこへと私たちを招いて下さるのです。
 「恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。」
(詩編136:1)
 キリスト教信仰というものは、決して孤独なものではありません。
 戦国大名だった毛利元就の三本の矢のお話をご存知でしょうか。
彼は3人の息子たちに
「一本の矢を折ろうとすれば簡単に折れてしまう。
しかし、三本の矢を束ねると、
折ろうとしても簡単におることは出来ない」と言って、
お家の安定を教えたというのです。
今では本当に彼がこういうことを言ったのかどうか
疑問がもたれているようですが、
一人の弱さに対して、
共に力を合わせる強さを語っている、
わかりやすいお話といえるのではないでしょうか。
 確かにまわりに誰の姿も見ることの出来ない状況も
あるかもしれません。でもその時であっても、
あなたのために祈っている人もいます。
そして何よりもあなたの傍らには、
イエス・キリストがおられるのです。
そのイエス・キリストの語られた言葉こそ、次のものです。
 「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
(マタイ28:20)
 よく、金の切れ目が縁の切れ目などと言われます。
それだけお金が人間関係を傷つけることが多いからかもしれません。
実は、新約聖書の福音書に書かれている
イエス・キリストの語られたたとえ話の多くは、
お金にまつわるものです。
いつの時代でもお金は人々の生活に大きな影響を及ぼします。
そのお金の話でもよく使われるのは借金です。
 今、日本の国や各町は莫大な借金財政です。
でもそのことは普段あまり意識せず、
その額の大きさに気づきにくいものです。
実は、私たちの姿もまさにそのようなものです。
私たちは知らず知らずのうちに言葉や態度によって人を傷つけたり、
自分の中に嫌な思いを抱いたりしてしまいます。
 実はこれが私たちの本当の借金、罪と呼ばれるものです。
でもそれだけではありません。さらに大きな借金は、私たちを造り、
生かしてくださっている主なる神様に対する罪です。
私たちはまだ人との関係においては敏感なのかもしれません。
けれども、この神様との関係についてはまことに鈍く、
これは私たちの力で解決することは出来ません。
 だからこそ、これはもう一方的に帳消しにしていただけないと
なくなるものではありません。
でもそのようなことなどとありえません。けれどもそのありえない、
考えられないことこそ、罪の赦しです。
このことを聖書は借金が帳消しにされたたとえを使って教えています。この罪の赦しこそ、聖書が私たちに示す確かな約束なのです。
 一年度最も寒い時期を迎えていますが、
暦としては節分、立春となりました。
体を持つ人間は季節の変化に敏感ですから、
「いつまでも寒いですね。」、
「やっと暖かくなりましたね。」などと、
気候をきっかけとした挨拶が良く交わされます。
こうした挨拶は人と人との心を通わせるきっかけとなるものです。
 聖書は神様と私たちをつなぎ、
心を通わせるものとしてお祈りを教えています。
お祈りというと立派な言葉で、
詳しく長いものといったイメージがあるかもしれません。
確かにそのような祈りも素晴らしいものでしょう。
けれども、言葉がまとまらない、一言しかいえない、
それでは駄目だと言うのではありません。
新約聖書のローマの信徒への手紙8:26では
次のように言われています。
「同様に、霊も弱いわたしたちを助けてくださいます。
わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、霊自らが、
言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。」
 私たちのつたない言葉や思いを、あなたと共におられる方が
しっかりと執り成してくださるというのです。
ですから心配はいりません。
あなたの思いを、思うままに祈ってみてください。
その思いこそ尊いもので、
その祈りによって力づけられ、
励まされていくことでしょう。

 | BLOG TOP |