5月3日は憲法記念日です。
憲法は国の最も基本的な、また最も大事な法律です。
それだけに、これを改正しようとしても、
他の法律のように簡単には出来ないようになっています。
だからといって、どんなに立派な憲法であったとしても、
完全で全く誤りのないものではありません。それだけに、
その時代の人の声や流行によって左右されがちです。
 けれども、重要なものであればあるほど、
それが確かな基準である必要があります。
神の御言葉である聖書は、
「キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、
あなたに与えることができます」(2テモテ3:15)
と言われるものです。聖書は66の作品から成り立っており、
一番あとに書かれたものでも、
今から1900年以上も前のものです。世界と言っても
今の全世界とは違ってまだまだ限られたものですし、
言い回しも古い響きもあります。
 けれども、聖書は時代も地域も超えて、
人々を根底から生かす言葉として、
今日まで変わることなく伝えられてきました。
それはいつの時代でも、どこの人であっても必要な罪の赦し、
これを教えているからです。この「救いに導く知恵」こそ、
神が聖書によって昔も今も永遠に与えてくださる
私たちの生きる基準となるものです。この確かな言葉を
しっかりといただく毎日を送っていただきたいと願っています。
 来週はいわゆるゴールデンウイークでして、
緑の美しい季節となりました。
そのような時に語られたのでしょうか、イエス・キリストは
「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。」
(マタイ6:28)と言われました。
これはこのあとで
「今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、
神はこのように装ってくださる。」と言うことで、
「『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』
と言って、思い悩むな。」と語っておられるのです。
 でも、どうでしょうか。
「思い悩むな」と言われて、はい、わかりましたと、
そう簡単にはいかないのではないでしょうか。
かえって言われれば言われるほど、思い悩んでしまいがちです。
それにもかかわらず、
キリストが「思い悩むな」と言われているのは、
何も無理強いをしているのではありません。
かえって、「まず神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」と、
イエス様に頼るところに思い悩みを打ち破る道があることを
教えてくださっています。
 その様に、自分の中から出てくるものは思い悩みであっても、
その悩まざるを得ない私の思いをイエス様に委ねるところに、
自分を絶対とするところから信仰に生きる道が開かれていくのです。
 先週の日曜日は、主イエス・キリストが十字架で死んだ後、
三日目に復活されたことを記念する
イースターと呼ばれる特別な日曜日でした。
 そもそも神様を礼拝する日は、
旧約聖書によりますと週の七日目、土曜日でした。
イエス様や弟子たちも土曜日に礼拝をしていました。
それにもかかわらず、今の教会は日曜日に礼拝を行っています。
それがこのイースターと関係あります。
 主イエス・キリストは十字架の上で殺され、
墓に葬られましたが、日曜日の朝に復活されました。
そして弟子たちに次々と現れ、
「わたしは復活であり命である」ことを、
身をもって示されたのです。
 この日、イエス様が復活された時から、
礼拝は日曜日になりました。なぜなら、
礼拝はこの復活のイエス様に出会うためのものだからです。
イースターの日曜日は年に一回だけですが、
日曜日を迎えるたびごとに、
イエス様は私たちに復活の喜びを与えてくださるのです。
 「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、
幸いである。」(ヨハネ20:29)
この聖書の言葉は、
復活されたイエス様のことをなかなか信じようとしなかった
弟子のトマスがイエス様から言われたものです。
いったい見ないで信じるとはどういうことでしょうか。
何も考えずにただ信じますと言っていれば良いのでしょうか。
いいえ、私たちが信仰を持つからには
信じるお方を正しく知ることが必要ですし、
神様もそのためにイエス・キリストを証拠として
この世へと送られました。
 実際にイエス様が話したことを聞き、
業を見て人々は信じました。
それにもかかわらず、
イエス様が見ないで信じることを求めておられるのは、
神様を試みるような信仰を嫌われているからです。
本当に神がいるなら見せてくれ、そうしたら信じようと、
これはよく聞く言葉です。
 しかし、信仰とは試みで答えを得て信じるものではありません。
また論理的に説得されたから信じるものでもありません。
私たちの回りには既に神様が与えてくださっている
多くの恵みがあります。
証拠、証拠と言うのではなく、
与えられた恵みと御言葉に謙虚に従うなら、
イエス様を受け入れることが出来るはずです。
たとえ目で見ることが出来なくても、
私たちの心の目でイエス様を見、信じることが出来るのです。
 最近、日本においても「イースター」という言葉を
聞く機会が増えてきました。
クリスマス、バレンタイン、ハロウィンと同じように
一つのイベントとして捕らえられているようですが、
4月8日がそのイースターです。
ではイースターとは何なのでしょうか?
 かつてイエス・キリストが十字架にかけられ、死なれました。
そのあとに墓に葬られたのですが、
三日目には信じられないことですが、
復活されたのです。
しかも、その復活されたイエス様に出会った人々が、
何千、何万人と出てきて証人となりました。
このイエス様の復活の日、
これがイースターです。
 でもイースターがイエス様の復活の記念日と言うだけでは、
ただのお祭りで終わってしまうかもしれません。
イースターにイエス様が復活されたのは私たちのためです。
人間は誰でも死を迎えます。
だからといって死ですべてが終わるわけではありません。
イエス様を信じる者は
死んでも生きる永遠の命の約束を与えられているのです。
イエス様はこの約束が本当であることを示すために、
私たちの最大の敵に勝たれました。
 これがイースターの喜びです。
一週間後に迎えるイースターに向かって、
永遠の命をプレゼントしてくださった
イエス様を見つめていきましょう。

 | BLOG TOP |