聖書の中に何度となく「賜物」と言う言葉が出てきます。
普段あまり聞きなれないことですが、
聖書が書かれたギリシャ語では「カリスマ」と言います。
最近ではカリスマ美容師、
カリスマ教師などと呼ばれる人がいますので、
お聞きになられたことがあるかもしれません。
これはその分野の中で特別な技能を持っていて、
他の者とは数段違うレベルにある人のことを指すようですが、
そもそもの意味はそうではありません。
この賜物・カリスマにはカリスという似た言葉があり、
これは「恵み」と言われているものです。
恵みとは上から一方的に与えられるもの、
つまり、神が私たちを愛して、
特別にくださったものです。
ですから、賜物とは自分の力で獲得するのではなく、
与えられるものです。
こちら側には何の誇りもないのに、
いただいた、
まさに賜るものです。
そこで新約聖書のローマの信徒への手紙12:6では
「わたしたちは、与えられた恵みによって、
それぞれ異なった賜物を持っています」と言われています。
これが聖書の約束です。
ですから、私には何にもないなどとため息をつく必要はありません。
水は高いところから低いところへと流れるように、
私たちが身を低くし、
へりくだるところに、
必ずあなたならではの賜物を見出すことが出来ることでしょう。