「律法」

この世の中にはたくさんの規則、決まりがあります。
国の憲法や都道府県の条例、
あるいは職場の決まり事や地域の慣習など、
知らないと大変なことになったり、
迷惑をかけたりすることになってしまいます。
聖書の中にも色々な決まりが出てきます。
もしこれを全部守らなければ呪われてしまうと言うことでしたら、
すべての人がそうなってしまうことでしょう。
でも、聖書の教えは福音、
良い知らせといわれています。
いったいどこが良い知らせなのでしょうか。
新約聖書のローマの信徒への手紙3:28では
次のように言われています。
「人が義とされるのは、
律法の行いによるのではなく、
信仰によると考えるからです。」
つまり、聖書の規則、律法は、
これを全部守れたから天国に行けるといった条件ではありません。
むしろ、出来ない自分を素直に認め、
これほど守れない者でも
愛されていることを知らされるためにあります。
なぜなら、出来ない私のために、
イエス・キリストが代わりにすべてしてくださって、
もう心配いらいなと支えてくださっています。
このことが事実であり、
この自分もその中に入れられていることを信じることが鍵です。
そして、信じたものがその信仰の道を進んでいく道しるべとして、
律法は私たちを励まし、
強めてくれているのです。

 | BLOG TOP |