教会の目印といえば十字架です。
地図でも教会の場所を示すのに十字架が遣われているほどに、
十字架と教会は切っても切り離さないものです。
ところが、この十字架は、
元々人間の考え出した最も野蛮な死刑の方法だったのです。
 それなのに何故、
教会は誇りをもって十字架を高く掲げているのでしょうか。
それは神のひとり子イエス・キリストがこの十字架にかかって死に、
それによって私たちの罪を赦し、
救いの喜びを与えてくださったからです。
 イエス様は何も最も野蛮な死刑に値するようなことを
されたわけではありませんでした。
いや、むしろ一つも悪いことをせずに
この世の生涯を全うされたのです。
その十字架は御自分の過ちではなく、
私たちの身代わりとなってかかったもので、
本当なら数々の罪を犯している私たちが十字架にかかるべきです。
でもそうなると、
私たちにはもう希望がありません。
 そこで神様は、
ひとり子イエス・キリストが
私たちに代わって刑罰を受けることをよしとしてくださり、
この方を信じるようにと
私たち一人一人を招いておられるのです。

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