真夏の暑い毎日が続いています。このような季節には
分かりませんが、正反対の真冬になりますと、吐く息が
白く見えます。このように息を目で見ることが出来る、
出来ないは別としても、私たちはちゃんと息を吐き、
吸って生きています。たとえ普段はいちいち意識しなくても、
病気で苦しんだ時や、激しい運動の後などには
意識することでしょう。
ですから、意識せずに息が出来ると言うことは、
なんと幸いなことでしょうか。実は聖書の教える祈りは、
特別何かをお願いする時のためにだけあるのではありません。
私たちが普段の生活の中で神様から力をいただき、
神様と交わる呼吸のようなものです。
確かに私たちの持っている願望を訴えることは、
祈りに欠かせないことです。けれども、私たちの心にある
いらだちや不満をぶつけ、心をさらけ出す、こうして神様との
深い交わりが出来るのです。
なぜなら、私たちの思いを祈りとしてささげる時、
そのすべてを主イエス・キリストが受けとめ、
きよめてくださるからです。何の遠慮もなく自分の思いを
打ち明けることが出来るからこそ、祈りは私たちの呼吸のように、
生活の中でさりげなく、喜んでささげることを
神様はねがっておられるのです。
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