日本では三月が年度末ですので、
それでなくてもあわただしい毎日が続きます。
今年、ちょうど新しい年度を迎える一週間は
キリスト教会にとりましても特別な一週間です。
それはイエス・キリストが十字架にかけられたことを
深く瞑想するための時だからです。
 新約聖書のはじめの四冊は、
イエス様の行動や語られた言葉を記していますが、
これはイエス様の生涯をまんべんなく書いているのではなく、
だいたい全体の三分の一程度が最後の一週間に集中しています。
この一週間を受難週と呼び、
イエス様の十字架に思いを寄せようとしております。
 そもそも十字架と言うのは、
非常に重い罪を犯した者がかかる死刑でした。
ところが、イエス様の語られた言葉や生涯を見れば見るほど、
そのような大きな罪どころか何一つ悪いところは見当たりません。
 それにもかかわらず十字架にかかられたのは、
私たちの醜い思いを全部背負ってくださり、
代わりに責任を取ってくださったからなのです。
ちょうど一円の借金もない人が莫大な他人の負債を全部引き受けて、
それをすっかり返してくれたようなものです。
現実にはとてもありえないようなことですが、
それがイエス様の十字架なのです。
その十字架を瞑想する時をしっかりと過ごしていきましょう。

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