誰でも年に一度誕生日が巡ってきますが、
これは造り主なる神さまが
この世界へと私たちを生れさせてくださった記念すべき日です。
この意味を考えますと、
たとえいくつになっても誕生日が巡ってくると言うのは
嬉しいものなのではないでしょうか。
 もう一つ誕生日と呼べるものがあります。
それはイエス・キリストをわたしの救い主と信じ、
受け入れた日です。
必ずしも○月○日に信じましたとは言えないかもしれませんが、
イエス様と出会い、
洗礼を受けた喜びは私たちの生涯を決定付け、
信仰生活を支えるものとなります。
 誕生日は後から親に教えられて
○月○日に生れたのだとわかるわけですが、
イエス様との出会いは私の心が開かれ、
私の中に入ってきていただいたことを自覚する時です。
それだけ喜びも大きく、この感激は一生の宝となります。
 「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。
だれかわたしの声をきいて戸を開ける者があれば、
わたしは中に入ってその者と共に食事をし、
彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。」
(ヨハネの黙示録3:20)

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