信仰と言いますと、
「溺れる者はわらをもつかむ」とか
「苦しい時の神頼み」などと言われることがあります。
あまり良い響きはしませんが、
果たして何が頼りになるのでしょうか。
人様に頼るということは弱い者のすることだといって
自分だけが頼りの人、
何と言ってもお金だ、いや地位だ、
権力だなどと色々なものが出てきそうです。
しかし、絶対と言われていた土地神話も崩れ、
地位や肩書きもいつかはなくなってしまいます。
 とかく苦しい時に頼みたくなる神ですが、
人の考え出した神ではなく、生けるまことの神様は、
「わたしを呼べ。わたしはあなたに答え、
あなたの知らない隠された大いなることを告げ知らせる。」
(エレミヤ33:3)と言われています。
自分では頼りにならない、
地位やお金では当てにならないことを素直に認め、
目には見えませんが、
「わたしを呼べ。」とおっしゃる方を呼ぶ信仰は力強いものです。
なぜなら、
このお方だけがまだ私の知らない隠されたものを知っておられ、
私の叫びを聞き、答えてくださるからです。
 この大いなることを告げ知らせる方こそ、
私たちの苦しみや悲しみの時に揺らぐことのない土台となるのです。

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