イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスの時期を
どのようにお過ごしになられておられるでしょうか。
誕生日を迎えることは、
また一つこの世で年齢を重ねることになり、
それだけ、一人一人に与えられた命の重さを感じます。
この誕生を祝うのであれば、
それは回りの人々がプレゼントをし、
主役がおめでとうと祝われるはずです。
ところが、クリスマスの場合はどうでしょうか。
主役であるはずのイエス・キリストは祝われるどころか、
人々にののしられ続け、
遂には十字架に付けられて殺されることになってしまいました。
 しかし、このことは誕生の前から分っていたことでした。
新約聖書の一番最初にあるマタイによる福音書の1章に
その誕生の様子が描かれています。
そこにありますように、
イエスという名前は
あらかじめそのように名付けなさいと教えられたもので、
その意味は「自分の民を罪から救う」と言われています。
十字架は何よりも、この罪から救うためのものでした。
一年一年、いや一日一日と犯してしまう様々な罪、
それを私たちは負うことが出来ません。
だからこそ、キリストが十字架で負ってくださり、
私たちを生かしてくださいました。
 私たちの命はみな、生かされている命です。
私を生かすためにささげられたものがある、
ここに気づくことによって、
私たちはますます毎日生かされていることに
感謝して行くことが出来るでしょう。

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