「主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、
魂を生き返らせてくださる。」(詩編23:2、3)
神様が私を青草の原に連れて行ってくださり、休ませ、
憩いの水を与えてくださるとは何と美しい表現なのでしょうか。
これは人間を羊にたとえて神様をほめたたえたものです。
羊が本当に安らぎ、青草の原に休むためには、
いくつかの条件が必要です。
それは回りへの恐れがないこと、お腹が減っていないことなどです。
そして羊たちがこのような条件を満たすかどうかは、
羊飼いたちによって決まるというのです。
私たちはどうでしょうか。やはり恐れ、争い、
空腹があっては充分に安らぐことは出来ないでしょう。
私たちもこれらが取り除かれ、満たされる必要があります。
でも羊はともかく、
私たちの場合は自分の力でそれを満たそうとしてはいないでしょうか。
別に養ってくれている存在など頭にありません。
聖書はこのような私たちを満たし、
安らぎを与えてくださるお方が
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。」(マタイ11:28)と語られた
イエス・キリストであることを証しするものです。